484 『マノン・レスコー』 アベ・プレヴォ

  • 2018.08.28 Tuesday
  • 13:39

 デ・グリューがマノンを初めて見たのが17歳。マノンは彼と同じぐらいまたは年下だと思うのだが、その時すでに「淫蕩な性格が見られるから修道院に入れらる」ことになっていた。マノンは、かなりおませだったというしかない。

 

 そんな娘に一目惚れしてしまったデ・グリューのうぶな無知っぷりは、半端ではない。しかも、貴族のお坊ちゃまの身勝手さから、自分が手に入れたいと思ったら是が非でも自分のものにしなければ気が済まないときている。

 

 追いかけて追いかけて、邪魔をされたら改心したふりをして、また追いかける。そこまでされたら、普通情にほだされて改心しそうなものだが、マノンもまた、驚くほどに変わらない。二人とも、あまりにも頭が空っぽで、成長がない。それは、マノンを象徴化するあまり「見かけの美しさ」だけを作者が重視してしまったからだろうか。

 

 マノンに会わなければデ・グリューは父親や兄や信じられないぐらい篤い友情の持ち主チベルジュの後押しを受けて貴族としての出世街道まっしぐらだっただろうし、マノンはマノンできっと修道院なんか逃げ出してし高級娼婦になって大金持ちのパトロンを見つけ結構幸せに暮らしたかもしれない。最悪な男女の組み合わせ、デ・グリューとマノンは、それにあたるのだろうか。

 

 モーパッサンやアナトール・フランスはマノンを絶賛したようだが、彼らは、女性のどこを見ているのだろうと思わずにはいられない。結局、女性に求められるのは肉体的な美だけで、その内面の精神などはいらないと言われてるようで、はなはだ気分が悪い。それに、実際のところ、マノンのような女性を恋人に持った男性は、果たして幸せになれるのだろうか? 彼女を素晴らしいと賛美する男は、結局彼女を真剣な恋の対象ではなく火遊びの相手としてしか考えていないような気がするのだが。

 

 それにしても、デ・グリューにはいつまでも彼を見捨てない友人チベルジュがいたのに、マノン自身にはチベルジュと比するような人物がいなかった。そういった面から言うと、この作品に、ちょっとした男女差別を感じなくもない。作者にすれば、それまでマノンに振り回されていたわけだからあとはデ・グリューも幸福に暮らしてもいいではないかという考えなのだろうが、マノンを追いまわして死に追いやっておきながら、後追い自殺するわけでもないのね、とちょっとむかつく。結局、やっぱり、貴族の身勝手なお坊ちゃまなんだなあ、と。

 

 

マノン・レスコー

483 『狂おしき群れを離れて』 トマス・ハーディ

  • 2018.08.21 Tuesday
  • 16:36

 イギリスのドーセット州、ノークームヒルの近くの農場主ゲイブリエル・オウクは、近所の家にやって来た美しく、少しはねっかえり気味なところがある女性バスシバに一目惚れし、彼女に命を助けてもらったこともあって、求婚するが、断られてしまう。

 その後不運な事故で全財産を失くしたオウクは、住み慣れた土地を離れてカスターブリッジにやって来て羊飼いとして彼を雇ってくれる農場主を探していて、遺産を相続して今や農場主となったバスシバと再会する。

 

 有能な羊飼いであるオウクは、バスシバの農場で働くことになった。彼は、自分の過去の求婚のことは隠したまま、だが、彼女への愛情は持ち続けたまま、農場での仕事を続ける。

 

 バスシバはバレンタインの日にいたずら心から近隣の農場主ボールドウッドに「私と結婚せよ」と記したメッセージを送るが、実はボールドウッドに対する恋心など全く抱いてはおらず、メッセージを受け取ってすっかり彼女に夢中になってしまったボールドウッドに「そんな気はない」と彼の求婚をはねつけてしまう。

 その一方で、バスシバは、ある夜ばったり鉢合わせしたトロイ軍曹の見た目がよかったこと、愛想がよかったことにすっかりのぼせてしまって、トロイ軍曹と電撃的に結婚してしまう。

 

 バスシバは、この時代の女性にしては珍しく、金持ちで、自立した女性として描かれている。農場主であるだけでなく、普通なら監督官をおいて監督官に任せきりにしてしまうような農場のすべての経営を自分自身でしようとしている。それができると思うほどに、彼女は賢くもあり、意志が強い女性でもあったのだ。

 

 まず最初にバスシバに求婚したゲイブリエル・オウクを振ったのは、彼女がオウクの学歴(教養)が自分より下だと判断したからだった。だが、実際には、本当は誰にも見られたくなかった彼女の素の部分を彼が盗み見てしまったこと、見たことを彼女に告げてしまったことも、彼女が彼の申し出を断った理由の一つだったかもしれない。人は、誰でも、自分の素の部分はあまり他人に知られたくないと思うものだ。それほど親しくもない相手ならば、なおさら。

 

 ボールドウッドを断ったのは、もともとそれがただのいたずらでしかなかったからだ。だが、どうしてそういったいたずらをしたのかというと、バスシバが初めて農場主の集まりに出かけたとき、他の農場主たちが彼女に目を止め感嘆の声を漏らしたのに、ただ一人ボールドウッドだけが彼女に無関心だったからだろう。自分を無視した相手を振り向かせたかっただけのためにいたずらをし、それが一定の効果を上げたことを知って喜ぶバスシバは、やはり、普通の女性だったということだろう。だが、それが自分が思った以上の効果をあげてしまったと気付いたとき、彼女は、全く自分の中に愛情がないのに結婚することはできないというしかなかったのだ。

 

 トロイ軍曹との関係は、それが突発的なものであり、彼の見ばえが良く、女性の扱い方も良かったということが彼女の目を曇らせてしまったようだ。結局は、バスシバが自分に甘いことを言ってくれる人間が好きだというのは、ボールドウッドへのいたずらをゲイブリエルに非難されて彼をクビにしてしまったということでもわかるのだが、あれほど自分の賢さを自負していたバスシバがこんなにも簡単に結婚してしまうものかだろうかと、ちょっと驚いてしまった。

 

 だが、二人の結婚生活はすぐに破綻する。トロイ軍曹は実はもともとボールドウッドの家で働いていたファニイの恋人で、彼女と結婚するはずだったのだ。だが、トロイ軍曹の方も、バスシバが金持ちだったこともあって、はずみで彼女と結婚してしまったのだった。そのため、自分が別の女性と結婚したことでファニイが行き倒れて死んでしまったことを知ると、その疚しさから、彼はバスシバを嫌悪するようになる。

 

 それでも、バスシバはトロイ軍曹を好きだったようだ。だが、ボールドウッドがトロイ軍曹を射殺してしまい、それが痴情のもつれから来たものだということで自分も責められるようになると、ようやく、愚かしかった自分の行動を反省するようになる。

 

 自我が強いゆえに、そして金持ちであったがゆえに、バスシバの行為は誰にも咎められることがなかった。彼女は自分が賢いことも金があることも、そしてそれゆえにある程度の権力を持っていることも知っていた。きっと、彼女は、知らず知らずのうちに思いあがっていたのだろう。

 一方、ゲイブリエルは、自分が最初に求婚して断られてからは、自分の愛情をひた隠しにし、あらゆることに誠実で公正であろうとした。さらに、自分が断れらた理由の一つに教養がないということも含まれていたと気付いていて、地道に本を読んでは教養を深めていった。

 一度出会って別れたあとの、二人の生き方の、なんという違いだろう。

 

 そこそこ賢いはねっかえりの女性が、幾度かの恋愛経験を経て、最後には幸せになる。これは、トマス・ハーディには珍しいハッピーエンドだ。ハーディらしい運命論的な考え方がすでに見えてはいるが、ハーディの作品によくみられるどしようもない暗さ・重さはまだあまり感じられない。ただ、ボールドウッドは、どうしてこんなにもひどい目に遭わなくてはいけなかったのか。ハーディーの作品にはよくこういう悲劇的な人物がたびたび登場するが、とにかく彼のことがかわいそうでならなかった。

 

 題の『狂おしき群れを離れて』は、18世紀の詩人トマス・グレイの詩の一行を借用したもので、当時はこのように有名な詩の一部分を題にするのが流行っていたらしい。「狂おしき群れ」は、トマス軍曹に象徴される都会の喧騒を暗示しているのだろう。バスシバのような女性は、都会にはむかず、田舎にあってこそ幸せになれる、ということなのだろうか。

 

狂おしき群れを離れて

482 『レッド・ドラゴン』 トマス・ハリス

  • 2018.08.18 Saturday
  • 15:26

 殺人鬼であり、高度な知能を持つ精神科医ハンニバル・レクター博士が登場するシリーズの第一作。

 

 満月の夜を狙って起きた連続殺人事件。FBIの特別捜査官ジャック・クロフォードは、元FBIの捜査官で異常犯罪捜査の専門家であるウィル・グレアムに再び捜査現場に戻ってほしいと要請する。

 ウィル・グレアムは、レクター博士が引き起こした事件を捜査し、レクター博士が犯人であることを突き止めたが、彼が犯人を特定したことをレクター博士に悟られてしまい、瀕死の重傷を負っていた。傷が癒えたウィルはFBIを辞め、結婚して、今は妻と妻の連れ子であるウィリーと三人で幸せに暮らしていたのだった。

 

 ウィルは、誰かと一緒に話しているといつの間にか相手の口調と同じ口調になってしまうという、相手の心に同調しやすい気質を持っていた。そのため、殺人現場に入ってそこにあるものを見たり、その場での大まかな動きを知るだけで、犯人の行動を追体験できてしまうのだ。そのようにして、ウィルが何度も殺人現場に足を運び、まだ血糊が残った部屋で殺人犯の精神と一体化しようとする様子は、何とも鬼気迫るものがある。

 

 どうしても確証が得られないウィルは、今は犯罪者病院に収容されているレクター博士のもとを訪れ、何らかの助言を得ようとした。

 だが、ウィルのその行動は、あとあと、犯人にも、ウィルにも大きく影響を及ぼすことになる。

 

 自分の容姿に強いコンプレックスを持っている人間が、新たな別のものに生まれ変わるための儀式として行う犯罪、そのまがまがしいまでの狂気。

 高度な知能を有しながら人間的感情を全く持たないレクター博士の狂気と、その狂気に吸い寄せられる人々。

 普通の生活を送ってはいるものの、実は、潜在的に悪に引き付けられるものを持っている犯罪捜査官のあやうさ。

 

 こんなにも簡単にプライバシーが漏洩してしまう怖ろしさ。だからこそ、現在、これほどまでにプライバシー保護が厳しく言われるようになったのだろうが、レクター博士なら、それでも、どんなことをしてでも相手を脅かす手を見つけてしまうのだろうという気がするところが、また、なんとも怖いところだ。

 

レッド・ドラゴン 

481 『ブラック・プリンス』 アイリス・マードック

  • 2018.08.14 Tuesday
  • 16:20

 ブラッドリー・ピアソンは、58歳。作家だが寡作で、著作では食べていけないから税務職員と兼業だったが、ついに税務職員を辞めてバタラで作家に専業することに決めた。

 

 ところが、彼が旅の準備をしていると、彼の弟子であるアーノルドから「妻レイチェルを殺してしまったかもしれない」という電話がかかって来る。また、アーノルドのところへ出かけようとするブラッドリーの前に、別れた妻クリスチャンの弟フランシス・マーロウが現れる。

 

 旅に出て作家活動に専念したいブラッドリー。だが、アーノルド、レイチェル、クリスチャン、フランシス・マーロウといった人々がブラッドリーの行く手を阻み、ブラッドリーになんだかかんだと話しかけ、ブラッドリーを混乱させる。ブラッドリーは、何一つ自分の思うようにはならず、しようと思っていたことはすべてなし崩し的に後回しにされ、取りやめとなってしまう。

 そして、ブラッドリーは、突然天啓のような恋に落ちる。

 

 二組夫婦の複雑な愛情のもつれを描いた恋愛話+老いらくの恋を描いた話なのかと読んでいくと、どうやらそういうものではないらしい。この話は、小説を書くこと、についての暗喩的な話なのだという。

 

 そういう目で見ていくと、ブラッドリーは寡作で、自分が書くこと、書く内容にかなりこだわっているらしいということがわかる。一方のアーノルドはもともとはブラッドリーに作品を見てもらったことで作家デビューしたのだが、多作で、出す作品はすべてよく売れているという売れっ子作家だ。アーノルドは、自分の考えを妻レイチェルに押し付け、クリスチャンにすぐ手を出し、といったどうしようもない俗物性を示す。レイチェルはそういった夫に反発し、ブラッドリーに好意を示しながらも、結局はアーノルドの影響下から逃れられない。

 

 そのアーノルドとレイチェル夫妻の子ジュリアンも作家となることを夢見ているのだが、このジュリアンが作家として尊敬しているのが父親ではなくブラッドリーの方で、小説についていろいろ話し合っているうちに、ブラッドリーは突如彼女に恋をしてしまう。

 

 解説によると、「一方に愛の物語があって他方に芸術論があるという結びつきではなしに、愛の体験そのものが創造活動と不可分に結びついているのである。エロチックな愛が芸術の創造と関わり合う神秘的な結合こそ、マードックの主題と考えられよう」ということらしい。

 なるほど、そうであるならば、レイチェルを支配下に置いているアーノルドが多作で、妻と別れてしまい全く女っ気のないブラッドリーが寡作だというのも分からないではない。そして、ジュリアンとの愛に落ちたブラッドリーは、こんどこそ素晴らしい作品を書いたということになるのだろうか。

 

 だが、この話は、最後にとんでもない結末が待っている。最初から、ブラッドリーを取り巻く人々とブラッドリーの間には、なんだか全く意思が通じ合っていないというか、全く噛み合っていない印象を受けるのだが、それが最後で決定的なものとなっている。

 これは、いったいどういうことなのか。何を意味するのかよく分からない。

 

 『ブラック・プリンス』という題は、ブラッドリーとジュリアンが小説について話す際によく引き合いに出していた『ハムレット』のハムレット王子のことでもあり、芸術の創造に必要な「暗黒のエロス」のことでもあるという。

 

ブラック・プリンス

 

 

480 『血の収獲』 ダシール・ハメット

  • 2018.08.06 Monday
  • 15:47

 主人公は、コンティネンタル探偵社のサンフランシスコ局員。

 彼は、パースンビルのヘラルド新聞社社長ドナルド・ウィルソンの依頼を受け、その地に赴いた。ドナルドと約束していた会見の時間に彼の家に行ったのにドナルドは留守、ドナルドの帰りを待っていると誰かからの電話を受けたドナルドの妻が家を出ていき、戻ってきた彼女の靴には血のようなものが付いていた。

 翌朝ドナルドが殺されたことを知って彼の家に向かった主人公は、ドナルドの妻と町のやくざマックス・ターラーが一緒に家の中に入っていくのを目撃する。

 

 パースンビルの立役者で町一番の実力者であるエリヒュー・ウィルソン(ドナルドの父)は、かつて自分の工場のストライキを妨害するために町にやくざ者たちを入れたのだったが、今では彼らに町に居座られ、町の権力の座を奪われそうになっている。息子のドナルドは、どうやら町の浄化のためにやくざ者たちの一掃を主人公に依頼したかったらしいのだが、その前に自分が殺されることになってしまったようだ。

 

 私利私欲にかられた町の実力者が町にもたらした毒が町を暴力と血にまみれた最悪な場所に変えてしまったという設定のもと、町で繰り広げられる権力闘争。

 最初、父親のエリヒューは、主人公がドナルドの依頼で町に来たというのに、主人公と関わることを拒む。だが、急に態度を変えて依頼を持ち掛けてきたり、しばらくするとまたころっと手のひらを返したように無視しようとしたりと、主人公に対する態度をころころ変える。どうやら、その時々の形勢を見て態度を変えているらしいのだが、そういった態度からは、ずる賢さというよりはその場しのぎの場当たり的な不安定さが感じられる。

 

 闇酒屋、質屋、ばくち打ちという三人のやくざとその子分たち。わいろまみれの警官たち。パースンビルは、別名ポイズンビルの名の通り、毒にまみれている。一人の探偵がやって来て立てた波は、町の昔の事件までも掘り起こして、町を血の色に染めていく。

 汚い手を使って築かれた町には、悪がはびこっている。それを一掃しようとすれば、生半可なことでは済まない。そして、主人公のタフさ加減もまた、並大抵ではない。

 殺伐とした町の風景に見合った凄惨な場面が多いが、ドライな文章のためか、それほど陰湿な印象は受けない。

 

 ハードボイルドの創始者と言われるハメットの処女作。

 

血の収獲

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