293 『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』 ジェフリー・ユージェニデス

  • 2017.01.19 Thursday
  • 15:06

 ミシガン州の小さな町。その町では、6月になると、ヘビトンボが群れをなして飛んだ。

 

 毎年、六月になると、その町はその命はかない昆虫の浮遊する群れに覆われる。汚れた湖の藻の中から雲霞のように湧き上がって、家々の窓を閉ざし、車や街灯を覆い、公設桟橋を塗り込め、ヨットの帆や柱に取りつき、いつ、どこを見ても、同じ茶色の空飛ぶ泡が漂っているというありまさになった。

 

 そんな郊外の町で、そろそろヘビトンボが舞い始めるという6月13日、リズボン家の13才の末娘セシリアが自殺を図った。水を張った浴槽に切った手首をつけて自殺を図ったセシリアは助け出されて一命を取りとめたが、姉妹たちを元気づけようと開かれたパーティーの日、パーティーを中座してセシリアは自分の部屋から家の柵めがけて飛び降り、串刺しになった。

 

 この作品の語り手は、当時リズボン家の姉妹たちと同年で、窓からリズボン家が見える家に住んでいた少年。彼(彼ら)は、五人姉妹が亡くなってかなり経った後、いったいあの自殺は何だったのだろうかと、関係者たちを訪ね回って真相を突き止めようとした。

 当時、セシリアが亡くなり、一家が周囲の人々から好奇の目で見られていたことは間違いないだろうが、それでなくても、年頃の少女が4人もいる家に年頃の男の子が興味を示さないはずがない。少年たちは、常に多大なる興味を持って、リズボン家の姉妹たちに目を光らせていた。 

 そして、それは、リズボン家の姉妹たちも同じだったはずだ。厳格な学校教師の父親と、父親以上に堅苦しい母親。少女たちは両親からさまざまなことを制限され続けていたが、それでも、どんなに親が隠し制限しても、むしろ制限すればするほど、彼女たちの自由への思いは募っていた。

 

 極端な締め付けと、監禁といってもいいような暮らし。重いプレッシャーの中で、それでも何とか生きようと彼女たちがみせたあがき。そして、そうやってあがきながらも、諦めきったようなどこか頽廃的な彼女たちの姿に見え隠れする悲しみ。 

 少年たちが彼女たちを救いたい一心で、電話口で流し続けた『明日に架ける橋』。 

 だが、彼女たちを自殺から引き戻せるものなど、もはや何もない。

 

 暑くなる少し前に群れ飛ぶヘビトンボ、一匹一匹の命は短くはかない。だが、それが大量に湧くと、空の色をも変えてしまう。

 末娘セシリアの思春期の悩みと自殺(「先生は十三歳の女の子になったことはないでしょう」)は、何かの預言のように一家に取りつき、一家を衰退させ滅亡へと導いていく。残りの少女たちは、もはや誰も、そこから逃れることができない。

 

 これは、一家の衰退の話。だが、その舞台がミシガン州で、その州都デトロイトを思い浮かべたとき、この一家の衰退の姿は、アメリカの、アメリカ自動車産業の衰退の姿ともだぶって見えてくる。

 

ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹  

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