188 『救いなき人々』または『ベルリンよさらば』   クリストファー・イシャウッド

  • 2016.09.30 Friday
  • 17:34

 1930年〜1933年。

 第一次世界大戦に負けたドイツは、貧しさにあえいでいる。インフレの中、一部の富める者と貧しい者の格差は広がるばかりだ。

 語り手が住んでいる下宿の女主人は、かつては裕福だったが、暮らし向きに困るようになって下宿人を置くようになり、その下宿人の質もどんどん下がるばかりだと愚痴をこぼしてばかりいる。景気はぱっとせず、ベルリンの空気は暗く、重い。 

 

 コミュニストである語り手は、この不景気で革命でも起こりそうな雰囲気に引き寄せられるようにしてベルリンに来たのだろうか。 ことさら貧しげな下宿を選んで住み、喘ぐように生きている人々を見つめている。

 

 ベルリンで出会ったサリー・ポウルズやバルト海のリューゲン島で出会ったピーター・ウィリアムソンは、語り手と同じイギリス人だが、この不安定なドイツに長期滞在している。 

 サリーは金がなく、ピーターは大金持ち。だが、二人とも好んで怠惰で頽廃的な生活をしている。彼らのこういった性格が、世紀末的なドイツに引き寄せられている。 

 

 ベルリンに住みついているとは言っても、二人は、所詮、外国人でしかない。

 二人は、こういった生活に飽きたら、やがてはこの国を去っていく。けれども、ベルリンに生まれ育った者は、どんなにその生活が嫌でも、この地に縛り付けられたまま、どこへも逃げることはできない。 

 

 極貧のノヴァック家は、唯一の働き手であった夫人が肺病でサナトリウムに入るやいなや、家庭崩壊してしまう。 

 大金持ちのユダヤ人青年の憂鬱も生々しい。生まれ育ったベルリンにあって、常によそ者扱いされ続けている彼の寂しさ、辛さ。 しかも、その度合いは、年々ひどくなっていく。

 

 1933年。ドイツは、ますます不穏になっていく。 

 だが、そこに住む人々は、いつの間にか、知らず知らずのうちにそれに慣れていく。不穏だと言い、気味が悪いと言いながら。

 「いわば冬は毛並みを変える動物のように、彼女もまた、ただ自然の法則にしたがって、順応しているにすぎないのだ。フロライン・シュナイダーのような、何千、何万の人間が、げんに順応している。だとえどんな政府が権力を握ろうとも、結局これらの人々は、この市に住むのが運命なのだ」

 

 この慣れがどれほど恐ろしいものであるか。彼らは気づいてもいなかった。気づく余裕もなかった。 

 その、恐ろしさ。

 

救いなき人々

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